カラハリの夜明け - Masa a Kgalahadi: Dawn of Kalahari -

ボツワナにJICA SVとして派遣される記録

アフリカ最高峰キリマンジャロに挑む 行程を振り返る1 キリマンジャロ登山開始まで

8月7日にボツワナのGaborone空港を出発し、8月8日にDar es Salaam空港に到着しました。取り急ぎ宿にチェックインしてマラウイから来るNさんを待ちます。アーリーチェックインを許可してくれたSafari Innはダウンタウンでは比較的安めの宿です。エアコンが付いていませんでしたが、唸りをあげて回る天井扇がついていました。タンザニアにはハマダラカがいるので、ハードな夏場はエアコン付きが良いと思います。

Nさんを待っている間に翌日のバスのチケットを買いに行きました。Dar es SalaamからMoshiまでのチケットを2枚。

気を付けないといけないのはタンザニアの道路事情が悪いので、距離は500㎞強ですが、時間がとにかくかかります。ボツワナだと5-7時間ぐらいでしょうか、しかしタンザニアでは10時間以上かかります。その間に休憩は1回のみですが、必要になったらバスのドライバーに言ってバスを止めてもらって用を足してください。また、アフリカではバスにシートベルトが付いていないことがよくあります。道が荒れていたり整備不良で長距離バスでも道から飛び出て転倒したりする事故は良くあります。必ずシートベルトの付いているバスを使ってください。

そして未だによく分からないのですがタンザニア時間というものがあります。もしかしたらケニア時間も同じようにあるのかもしれません。10時というのが標準時間(グリニッジ時間)だったり、日の出からの時間(6時を0時としてカウントしていく)を指したりするらしいのですが、タンザニアで生きている人にはこのように2つの時間があって、しかもローカルの人はそれらをあまり区別せずに使うために、先の時間が非常に分かりにくいです。彼らに何度確認しても間違っているわけではなく別な時間軸を使っているだけなので無駄です。いつも半日の余裕を見て行動しましょう。

ダルエスサラームではタンザニア派遣の同期隊員らとハングアウトして一緒にシーフードなどを食べに行きました。ちょうどこの日がNさんの誕生日だったのでみんなでお祝いをしたりしました。スワヒリ語を使いこなす同期隊員たちの姿にかっこいい!と思ってしまいます。自分はツワナ語に関しては挨拶から少しずつ覚えようとしてはいますが、難しすぎて断念しています。
因みに東アフリカのスワヒリ語ボツワナ南アフリカの一部で使われるツワナ語はどちらもバントゥー語系なので、似たような言葉が沢山あります。
例えば「問題ない」というのはスワヒリ語では「ハクナ マタータ」ですが、ツワナ語では「ハホナ マタータ」。鶏肉はスワヒリ「ニャマ ヤ クック」、ツワナ「ナマ ヤ コッコ」になります。変化著しい音声言語にあって、しかもスワヒリはインド洋交易の影響を強く受けているにも関わらず、ここまで似ているのも面白い。

久しぶりの仲間の元気な姿、そしてボツワナでは食すことのできない海鮮料理に元気をもらって、明朝の早い出発に備えてホテルの支払いや荷物のパッキングを済ませ、窓を開けて寝ました。タンザニアの窓には網戸がついているのがありがたい!

 

2日目(8月9日)

長距離バスでダルエスサラームからモシまで移動。バスに乗り込むと買っておいた座席のシートベルトが使えない。仕方ないのでいろいろ試して2つほど後ろの座席に移動した。バスチケットを買うときに散々「シートベルトはあるか、使えるか」を確認したのに、巻き取り機が壊れていたり、アンカーに固定できなかったり、不具合を抱えているものが少なくない。
後で乗り込んできた客には「すまんが、そこの席と変わってくれ」と頼んでシートベルトの使えない席に移動してもらったが、そのことで問題になることは無かった。基本的に教育水準の高くない人たちはなんでシートベルトに拘るのかを理解しないし、締めもしないので、気軽に「ああ、分かった、それなら僕はこっちに座ればいいんだね」と受け入れてくれたのはありがたいが、シートベルトをできないという事はそれだけ危険な席ということで少し複雑な気持ち。

バスはダルエスサラームの街を出るとゆっくりと走り続けます。休憩は出発から5時間以上経ったところで1度だけありました。場所はちょうど中間地点ぐらいになるKorogweから少しMoshi側に行ったところにあるドライブイン。皆さん、お腹がすいたようで食事を買ったり、トイレに行ったりしています。Nさんはフルーツを購入しましたが、スワヒリを喋る彼女と英語しか喋れない僕に提示される金額が違いすぎて笑います。2倍ぐらいは違ったんじゃないかな。

ところでこのトイレの性別ピクトグラム、どう見えますか?
日本だと赤は女性、青や黒は男性という色による観念づけが一般的ですが、ここでは赤が男性、黒が女性でした。

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バスは30分強の休憩を終えると、再び走り出します。
なかなか急峻な丘を背にしたサイザル麻の畑、ローワーモシの田園地域は灌漑施設の発達した水田エリアもありました。



この灌漑施設を建設して農業開発を推進したのは日本だったようで、こちらの本に書かれていました。

アフリカ農業と地球環境―持続的な農業・農村開発はいかに可能か

そうこうしているとMoshiに到着です。もう夕方です。バスターミナル付近で降ろされ、本日の宿We Travel Hostelに歩いて向かいます。
こちらは最安でもなんでもなかったのですが、とりあえず中心部にあってレビューが多いということで選んだ宿です。
部屋は比較的古臭いですが及第点、瓶入りのコーラがめちゃくちゃうまくて驚きました。タンザニアに来たら瓶のコカ・コーラを是非ともお試しください。

夕方にツアーエージェントが宿までやってきて装備と翌日の予定確認をして、足りない装備があるかどうかを確認しました。とりあえず長ズボンを忘れた私でしたが、同行のNさんが長ズボンあるよとのことで借りました。
それ以外だとシュラフ(-10℃で快適に寝れるぐらいのもの)と厚手の手袋を貸してもらいました。
繰り返しになりますが、春の富士山に海から登るぐらいの心構えで装備を持って行くと良いかと思います。持っていない装備は多くのツアー会社が貸し出してくれますが、レンタル費用は販売価格の1/3ぐらいでとても高いです。やっぱり持って行きましょう。
夜は近所のローカルレストランで食事をしました。これ、あれ、それ…と好きに頼んだら1000円近い金額になってしまいました。

イカがあったりするのがタンザニアの良いところ。海鮮料理うれしい。

 

3日目(8月10日)

朝、荷物をまとめて、持って行かない荷物は宿に預けます。

ガイドが迎えに来ると、下にはマイクロバスが人満載で待っていました。
乗り合いなのかなと思ったら、全員今回のキリマンジャロ登山のチームだそうでビックリしました。今回の登山パーティーは登山客2名、ヘッドガイド、サブガイド、コック、ウェイター、ポーター6名の合計12名になります。もっと少なくても良いんじゃないかなと思うのですが…。


一行はまずMarangルートの起点にある事務所へ行き登山登録をします。私たちの登るロンガイルートには登録事務所が無いためです。

この登録が終わるとキリマンジャロ山麓道路を反時計回りにぐるっと走ります。

途中で昼食休憩。ローカルスタッフはローカルの食事を、私たちにはお弁当が用意されていました。肉が好きじゃないと伝えておいた僕にはなぜかベジタリアン弁当でしたが、もちろんそれで構いません。

ロンガイゲートに近づいたかと地図を確認すると、この道路はケニア国境と100mぐらいしか離れていません。歩いて森を抜けたらケニアです。
ロンガイルートへの分岐点で仮設登録所みたいなところがあり、ビニールシートの屋根の下で何やら登録を行います。


そこから脇道を登っていくと道路わきには針葉樹の植林になり、なんだか懐かしい気持ちになります。ボツワナに来てから植樹された森を見たことがなかったですから。植林の下は草が刈られていて、場所によっては畑に使われています。アグロフォレストリーとかそういうやつだと思います。林業+農業でもっと土地を活用しようという試みです。

急峻な道路を上がっていくと猿がいました。白い縁取りの黒いマントを羽織ったような、美しい毛並みのコロバスモンキーです。地上をぴょんぴょんと移動すると長く美しい毛並みが波のように揺れて実に優雅でした。

やがてロンガイゲートに到着、クルマに満載だった荷物を下ろし、重量を計測してそれぞれのポーターが荷物を持ちます。登山登録をここでも行って、いよいよ登山です。

荷造りなう


ポーターの持てる重量は20㎏までと規制されている。


チーム全員で登山前の記念撮影

準備が整ったらいよいよキリマンジャロ登山開始です。